辛く、苦しいことの意味。ごまかしではない本当の幸せ

自閉症児の育児って、ハードルが高いな…と日々思っています。

RAPTさんのブログでイエス様に出会うまでは、正直、本当にしんどかったです。

息子のことで辛いことがあって、なんともやるせない気持ちになっていたその昔、自閉症児を育てている方のブログを色々、読み漁っていました。自分と同じような苦しみを持つ人が、一体どうやって毎日を過ごしているのか、知りたかったのです。自分のこの苦しい気持ちをどう取り扱ったらいいのか、全然見当もつきませんでした。自分の子どもが自閉症という事実が、私の心に真っ黒い影を24時間落としているようでした。息子が自閉症だとわかる前までの心の状態とは全く変わってしまったのです。好きな本を読んだり、映画を見たり、息子と一緒でない時間を過ごしても、いつも心に暗い影、悲しみがありました。この重苦しい気持ちを、一体どうやって消化したらいいのか?

私は、自分の子が自閉症であるという辛い事実、苦しい気持ちを克服して、希望を持って人生を生きている人がいないか、日々探していました。

で、様々なブログを読んだわけなのですが、私が探しているような人はいませんでした!私の目には、二つのタイプのブログがあるように思えました。一つは、苦しく大変な日常を明るい雰囲気で書き綴っているもの。もう一つは、「自閉症は治る」と信じて、そのことに希望を持ち、色々な治療や療育にトライしているもの。

前者は、自閉症を治そうとは思っていなくて、今ある教育、就業システムの中で無理せず、背伸びせず、ぼちぼちやっていく、そんな印象を受けました(私の勝手な印象ですが)。そして、「子どもが自閉症であるという悲しみ、苦しみは消えないもので、一生付き合っていくもの」と捉えているように感じました。

しかし私にとって、自分の子どもが自閉症であるという事実、また自閉症の特性からくる毎日の生活の大変さは、「一生付き合っていくもの」とただ思うだけでは、本当に耐えがたく、重く、苦しすぎて、本当に心が押しつぶされそうでした。

後者の「自閉症は治る」と信じて、色々な治療や療育にトライしているブログの方が希望が持てたため、色々情報を調べて、療育に通う以外に自分でも出来ることをやってみようと、色々なことを試してみました。

それについてはまた後日詳しく書いていきたいと思いますが、ざっとあげると、ホメオパシー、フラワーエッセンス、クレイを食べさせる(水銀など重金属が出ていくと言われていました)、腸内環境を良くする食品を食べさせる、食事療法、指談、筆談です。

その頃私が仲良くなった自閉症児のお母さんたちは、自分で色々トライして、とにかく子どもをなんとか成長させたい、自閉症は治らないと言われているけれど、子どもの能力を信じて、伸ばそうとしている人たちでした。とてもエネルギッシュ、食事療法のためにアメリカまで行っているお母さんもいました。

私にも希望が湧き、明るい未来を想像することが出来ました。また自閉症でありながら作家である東田直樹さんのことを思い描き、息子に、音声でなくても文字でもいいから、コミュニケーションできるようになって欲しいと日々もがいていました。

しかし、自分が息子の成長のために良いと思って何か(筆談の練習など)をするが、思うように結果が出ないことが多く、失望、落胆、そして息子に対する怒りのようなものまで出てきてしまうことがありました。そして、うまくいっている人の話を読んでは、結果が出ない自分の息子にいらだったり、自分の努力が足りないせいだと思ったり、高い教材を買ったりしていたのです。

RAPTさんのブログに出会って、有料記事を読む前のその頃の私の心に一番響いたのは、「本当の自由とは。本当の幸福とは。悪魔の作った偽物の宗教に騙されないために幾つか知っておくべきこと。」の中の、以下の部分です。

『宗教を信じる目的は、奇跡を起こすことではありません。幸福になることでもありません。まして、自分の願いを叶えることでもなければ、自分の悩みを解消することでもありません。

はっきり言って、自分の徳を高めさえすれば、自然と幸福になれるし、自然と自分の願いも叶えられるし、自然と自分の悩みも解消することができます。

しかし、人々はそこのところがよく分かっていません。そのため、先ず最初に幸福を手に入れようとし、欲望を満たそうとし、悩みを解消しようとしますが、そんなことだから、いつまで経ってもかえって何も得られずに苦しみつづけることになるのです。』

この部分を読んで、息子のことだけでなく、今までの私の生き方が、『先ず最初に幸福を手に入れようとし、欲望を満たそうとし、悩みを解消しようとしますが、そんなことだから、いつまで経ってもかえって何も得られずに苦しみつづけることになるのです。』と同じだな、と思いました。

それまでの私は、自分の悩みや苦難、問題が全くない状態を望んで、生きてきたのです。自分の生まれ育った家が貧しかったから、そのような家庭を築きたくないと考えて学歴を求めたり、…色々、色々、してきました。苦難や問題がないことが幸せだと思っていました。大抵のことは、何かすれば何かを得れば、解決しそうなように見えました。放射能のことも、その他のことも…。波風のない人生、それを私は望んでいました。色々な問題を解決しさえすれば、私は幸せになる、そう思っていました。子ども達にも、苦労はして欲しくない、そう思っていました。でも、息子のことは、息子が自閉症であることは、私には、全く解決の出来ない問題だったのです。

RAPTさんが書かれているように、まず最初に幸福を手に入れようとし、欲望を満たそうとし、悩みを解消しようとする、それがそもそもの間違いだったのだと、心底思います。今私たちの周りにある宗教や(既存のキリスト教の教会でさえも)、様々な分野のこと…自己啓発や色々な健康法や、etc.etc.は、まさにそのようなものなのではないでしょうか。それらに惹かれて自分の貴重な人生の時間やお金やエネルギーの無駄遣いをするのはもったいないと、今では本当に思います。

『自分の徳を高めさえすれば、自然と幸福になれるし、自然と自分の願いも叶えられるし、自然と自分の悩みも解消することができます』というところに、非常に興味が湧き、惹かれ、有料記事を読みたいと思うようになりました。そして、自分の人生がすっかり変わりつつあります。

以前の記事にも書きましたが、不安、不平・不満の毎日から、感謝と喜び、感動の毎日に変わったのです。本当に大きな違いです。目の前に同じ出来事が起こっても、捉え方が以前と全く違うのです。考えてみてください。辛いことが起こって、他人に愚痴を言ったり、お酒を飲んだり、買い物をして発散したり、そんなこととは全く違うのです。そんなことをしなくても、心が豊かになり、平安になるためのことが、RAPTさんのブログには書かれているのです。果たしてどちらの人生がより素晴らしいでしょうか。

本当に多くの人が、RAPTさんの伝えてくださっている福音に出会うことを願っています。有料記事にお金を払っても月800円です。無料の記事を読むだけでも自分の価値観が変わっていくと思います。本当の神様からの恵みだなと、しみじみ、思っています。

悩みや苦しみ、辛いこと、苦難は、必要なことだと今では思っています。楽なことばかりだったら、私たちは真剣に何かを考えたりしません。本当の真理を求めたりしません。苦難には素晴らしい学びがあると今では思っています。以下のような聖句があります。

聖書より(ローマ人への手紙 5章3節)

「そればかりでなく、艱難さえも喜んでいます。それは、艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」

 

とはいえ、苦しい時は苦しくなってしまいます…。そんな時の、私からの、心が苦しい時のおすすめの気分転換というか、心の向きを変える方法をお伝えします♪

それは、思いっきり、心を込めて賛美歌を歌うことです!何度も何度も、心がすっきりするまで、歌うこと。聞くだけでも違うな~と思います。

ちなみに、賛美歌を歌っていると、善なる天使が集まって来てくれるそうです。(反対に、悪魔的な歌を歌うと、堕天使=悪魔が来るということですね)。

私が今好きなのは…♪

 

 

 

 

偽りばかりの育児本、育児論

一般的な育児についても書いてみたいと思います。うちには健常児もいます。上の子が自閉症だったので、下の健常児の育児は全然お手本がなくて、また私は父子家庭だったので育児に自信がなく、わからないことだらけでした。

自閉症についての本、自閉症の当事者の本など、たくさん読みましたが、一般的な育児本も一生懸命読み、人気がある育児講座にも参加したりしていました。

しかし、本当の神様に出会った今、人気のある育児本や、一般社会に浸透?している、流行っている育児観は、本当に間違っている…とひしと感じています。

当時、私の周囲で良いとされていた本は、「子育てハッピーアドバイス」(明橋大二著)や、「子どもへのまなざし」(佐々木正美著)、「親業」でした。それらをベースにした育児講座もたくさんありました。遊ぶ場として、プレーパークが人気でした。シュタイナー教育が好きな人も多かったです。

ちょっと大雑把な把握の仕方かもしれませんが、それらの本、また育児の講座に共通して強調されているのは、『子どものありのままの姿を愛する』とか、『子どもの気持ちに共感する、受け止める』といったことでした。

子育てハッピーアドバイスを読む育児講座もあり、そこでは、「子どもの要求を出来るだけ叶えてあげる」といったことが話されていました。また、「子どもへのまなざし」という本には、『子どもの願いを先回りして叶えてあげると、将来、親の言うことをよく聞く子になる』といった文章が書かれていたのを覚えています。

また、プレーパークでは、子どもの自主性を重んじていて、「子どもには、自分たちで問題を解決する能力がある」「大人は口出しせず、子どもの自主性に任せる方が伸びる」といった姿勢が大切にされていると思います。プレーパーク好きの人たちが推奨する映画「さぁ、のはらへいこう」でも、そういった保育の現場の様子が描かれています。

ありのままを愛するとか、子どもの気持ちを受け止めるとか、一見、正しいように聞こえました。私の小さい頃は、大人に気持ちを押さえつけられていたように感じることもあったので、余計そう思えました。しかし、育児は、本当に難航しました。

「ありのままを受け止める、愛する」といいますが、うちの自閉症の息子は、いつも叱られるべきことばかりするのです。社会的逸脱行為をするのです。そんな姿に、『共感』したりするべきなのでしょうか?下の子も同じです。「ご飯を食べないでお菓子を食べたい」といった要求に、(最終的には戒めるとしても)優しく共感したり受け止めたりするべきなのでしょうか?

また、子どもたちには自分で問題を解決する能力が本当に備わっているのでしょうか?お手本はいらないのでしょうか?

プレーパークに行った時、2歳くらいの男の子が、釘の入った金属の入れ物を、思いっきり遠くに投げていました。そのお母さんは、叱るどころか、「そうかそうか~、投げたかったんだね。」と“共感”していたのです。危なくないのかな、と思うんですけど…。そして、注意することもなく、そのお母さんはその時参加していたプレーパーク内での育児講座に戻ってしまいました。しばらくの間、その釘入りの入れ物は、ほったらかしになっていました。

何か、子どもの行動に、「寛容」であり、叱らないで、ゆったりと「受容的」であることが良いとされるような、そんな風潮があると思います。叱らないで何でも受け止めるお母さんが、「人間的に出来ている」というような…。

私も叱らないでなんとか収めようとしていたのですが、うちの場合、全く収まりませんでした(!)。何か子どもの理不尽な要求が始まった時、優しく言って聞かせるようでは、絶対に無理だったのです。かといって、強烈に怒っても、私の言うことを聞かない子ども達にいつしかなってしまっていました。その頃、私は、プレーパークや、地元でとても人気のある子育て支援センターに通っていたのですが、子どもが泣きわめいて、収まらないと、手こずっている私の代わりに、スタッフが子どもを優しく抱っこしてくれたりするのです。今から思うに、「要求が通らないと泣きわめく」→「抱っこしてもらえる」というパターンになってしまっていたのかなと思います。

私は、その場を収められないダメなお母さん、途中までは「共感」して優しく穏やかに言い聞かせても、あまりに言うことを聞かない、限度のない子ども達に最終的にはひどく怒ってしまう、ダメなお母さん、と自分のことを卑下し、毎日、落ち込み、悩んでいました。

育児本や育児講座で学んだ通り、私が子どもの要求に共感し、その後で丁寧に戒めても、わがまま、要求ばかりが強まっていくように感じていました。

なので、最終的にはひどく怒り、脅したりして言うことを聞かせるしかなくなっていたのです。

RAPTさんのブログで主イエス・キリストに出会ってから、私の中で、何かが急速に変わってきました。子どもが言っていることが全然違って聞こえてきたのです。子ども達の要求が、理に合わない、自分勝手な言い分であることがやっと見えてきたのです。本当に愚かでした。私の口から、忍耐することがどんなに素晴らしいことか、子どもは親の言うことに従わなくてはいけないこと、親が好きなら(うちの子は私のことを大好きとよく言っていました)親の言うことを聞くはずだとか、そんな言葉が出てきました。そして、驚いたことに、子どもがどんなに泣き叫んでも、以前のように、私の頭に血が上ることがなくなったのです!

全国にあるプレーパークでは、子どもは自分たちで問題を解決する能力があるとして、自主性を重んじていますが、聖書には、「心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。-エレミヤ書17章9節、口語訳」とあります。私は、聖書の言葉の方が、現実に合っていると感じます。私が小さい頃だって、大人抜きの子どもだけの空間であれば、気が強い子、力が強い子、ずるい子などが台頭して、善なんて通らない世界でした。

また、「抱き癖がつくから、抱っこしないほうがいい」というのは間違っている、泣いたら抱っこしてあげなさいという主張もありました。→「抱き癖の間違い

私は子ども達が赤ちゃんのころから、この泣いたら抱っこ、というのを真面目にしていました。今から思うと、このころから、悪魔の育児論に騙されていたと思うのです。

泣いて、相手を思い通りにする、そのような支配的な態度が、子どもに染みついていたんだと思います。まさに悪魔的です。

主イエス様に出会う前は、最終的には怒って言うことを聞かせなくてはならなかったのに、今では、私の頭に血が上らないし、きちんと話してわかってもらえるようになりました。特に育児本なんかよんだわけではありません。高いお金を出して育児の講座に行ったわけでもありません。RAPTさんのブログに出会って、主イエス様に導かれたことによるのです。聖書は偉大です。何より、お祈りして、聖霊を受けたことによるのです。ぜひ、以下の記事を読んでみてください。自分の努力だけでは、変えられないことが、聖霊を受けることによって、真に良い方向に変わるのです。善と悪がわかるようになるのです。生き方が変わります!何かの宗教団体に入ることもありません。あなたが主イエス様に出会うことが大切なのです。ただです!(有料記事を読みたくなったら、ひと月800円ですが、それだけです!)

無料の記事です→「悪魔に打ち勝ち、自分の心身を守る方法。祈って聖霊を受けることが、悪魔を滅ぼす最大の鍵です。」

悪魔的な教育について→「カナダは次の秦氏=ロスチャイルドの拠点となる。」

 

 

自閉症が「治る」ことへの挑戦

自閉症の息子について。

放射能対策と同じく?色々、色々調べて、療育やら何やら、様々なことに取り組んできました。

原発、被爆、放射性物質関連とはまた別の話になってしまいますが、ある部分では共通しているように感じることもあり…少しずつ、書いていきたいと思っています。

息子は、1歳半を過ぎても、ママと呼んでくれない。名前を呼んでも振り返ることをしませんでした。極度の人見知り、場所見知り。初めて行く場所では泣き叫び、ずっと泣き止まない。物の名前は話すけれど、コミュニケーションのための言葉が出ない。…など、同じ月齢の子ども達と、明らかに明らかすぎるほど違っていました。

でも、診断を受ける前は、息子が自閉症かもしれない、ということを、どうしても認めたくなくて、正面から受け止められず、『自閉的な症状があったけど、治った』的な情報ばかり集めていました。

3歳になる前は、地元の自治体の発達支援センターではまだ療育が受けられないとのことで、民間療法を毎日毎晩、調べていました。

そして、その頃に、取り組んだのは…

●全人格発達方法

ネットで、「2歳で言葉がない子・増えない子「様子を見る」のは危険です 」(金子保著)という本を発見しました。

この方法を、3歳になる前に行うと、「治療指導に効果があり、また0~1歳で行えば、自閉症の予防になる」と書いてありました。

具体的な内容は、

・テレビやCD、DVDなどの電子メディアを一切やめる。おもちゃも、電子音が鳴るのはダメ。

・子どもをとにかく笑わせて情緒を育てることによって、自閉的な症状がなくなり、言葉が出てくる。

というもの。本には、効果があるとされる具体的な「遊び」が色々掲載されています。

夫と、必死でやりました。毎日、息子を必死で笑わせました。

結果ですが、…多少、言葉は増えたものの、相変わらずコミュニケーションの言葉、私たちに話しかけるような言葉は出てきませんでした。物の名前が増えたくらいですかね。

この本の著者は、埼玉にある「さいたま市教育相談センター」(https://educational-counseling.jimdo.com/)という施設で、相談もしているのですが、一回の相談料が、なんと一万円!

しばらく通いましたが、相談員が話す内容は、本に書いてある内容だけです。子どもに特別何か指導や支援があるわけではなく、結局、普段、周囲にいる大人が、子どもを笑わせる、それしか指導内容がないのです。効果の割に、費用が高すぎて、やめてしまいました。

●抱っこ法

ネットで、「我が子は自閉症?と思ったら-抱っこ法による心のケア」(阿部秀雄著)という本も発見しました。

今振り返ってみると、抱っこ法の理論が今一つよくわかりません(汗)。無理矢理説明してみると、抱っこ法とは、とにかく子どもを抱っこして、泣きたいだけ泣いてもらう。心の奥底にある感情を表出させ、嫌がっても抱っこし続け、気持ちを受け止めることにより親子の愛着をつくる。それにより、自閉症を改善しようとする…そんな感じでしょうか。(やっぱりよくわかりませんね。)

自閉症って、情緒障害と言われます。親、人に対する愛着がない、目が合わない、話しかけても返事してくれない…。表情も乏しくて、何を考えているのかよくわからない。

そういう部分が、抱っこ法で良くなるような気がしていました。息子の気持ちを理解したい、心を通わせたい、そんな願いがありました。親として、息子と気持ちが通じ合わない悲しみ、寂しさが、心に常にあったのです。

息子は、普段から、パニックを起こして泣き叫ぶことがありました(自閉症特有の「パニック」についてご存じない方はこちらをどうぞ→http://krtm.net/jiheisyou.panic.html)。

息子が何かがきっかけでパニックを起こし、泣き叫び始めると、私はここぞとばかりに抱っこをしていました。私が息子の気持ちを汲み取れないばかりに、こんなに泣き叫んでいるのだろうか、わかってあげたいと必死でした。

本によれば、泣きたいだけ泣いて、最終的に泣き止んだら、その後、子どもは、(例え自閉症であっても)気持ちがすっきりして、親に甘えたり、心を赦したり、そのようになるはずでした。親も、子どもの様子を見てほっとし、気持ちがわかり、嬉しくなるはずでした。

しかし、うちは違いました。息子はただただ泣き叫んで疲れて眠ってしまうだけで、気持ちが解放されている様子もなく、私に心を開いてくれているようには全く見えなかったのです。

何度、抱っこしてみても同じでした。お互い、くたくたに疲れるだけで、私自身もちっとも気持ちがすっきりしませんでした。それどころか、ものすごい嫌な気持ちが湧いてくることさえあったのです。

この抱っこ法の相談にも何度か通いましたが、すっきりしないまま、先生からは、「親子関係はうまくいっている。もう大丈夫」と言われて終わってしまいました。

こんなことに取り組んで何の効果もないまま、そして私の目には息子はやはり明らかに一般の子とは違うように見え、葛藤はありましたが、診断を受けないと療育は受けられないとのことで、診断を受けることになりました。

そして、結果は「広汎性発達障害」という診断名がつきました(今は自閉スペクトラム症と言うそうです)。

この後は、様々な療育に通うことになります。

そのことも、少しずつ書いていきたいと思っています。

で、私がその当時調べた限り、また、今も、自閉症のはっきりした原因は不明なんだそうです。

そして、放射能関連と同じく、色々な商法?があったし、今もあると感じています。

今でもものすごいお金を治療?なるものにつぎ込んでいる方々もいます。

そのことも、書いていきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

カップラーメンの幸せ、貧しさへの感謝

新年になりましたね!私にとって、去年は驚きの、素晴らしい出会いがあり、感動、感謝、ひたすら感謝…の年でした。今年は一体どんな年になるのでしょう。非常な緊張と、期待で新年を迎えました。今年が、世界中の人にとって真に素晴らしい年になりますように。

 

先日、スーパーに年末年始の食料品を買いに行った時、陳列棚を見て、「もう放射能を気にせず、何でも食べられるんだ…」と、また感動して泣きそうになってしまいました。

聖書の、

「この食物は、信仰を持ち、真理を認識した人たちが感謝して食べるようにと、神がお造りになったものです。というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです」(テモテへの手紙Ⅰ4章3、4節)

「もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。ですから、あなたがたが良いとしている事がらによって、そしられないようにしなさい。」(ローマ人への手紙 14章15節)

の箇所を、たびたび思い出します。聖書ってすごいな…とつくづく思います。

 

RAPTさんのブログに出会って、悪魔は、人々に恐怖を植え付けておいて、そのあと、その恐怖をいかにも解決してくれるようなものを売りつける、ということを知りました。

いつもマッチポンプ。ずっと騙されていたことをやっと知ったのです。

以前の記事にも書いたように、私は放射性物質による被爆を非常に恐れていました。被爆を恐れるママ友と話す話題は、いつも、子どもの健康をどうやって守るかがテーマでした。安全な食材、調子が悪い時にこれをしてみたら良かったなど…。

私は、放射性物質を気にせず、加工品などの手のかからないものを食べる人たちを批判さえしていました。時々、カルトのようだなと自分でも感じていました。でも、命を守りたいし、他の人もそうしたほうがいいのに…、とその時は考えていました。

で、少しでも子どもが体調不良になると、ちょっとした風邪であっても、ついつい被爆と結びつけて考えてしまう。

うちの息子の場合、喘息気味で、夜中と朝方、咳が止まらなくなってしまうことが良くありました。その時も、私はいつもいつも、「初期被爆」させてしまったと思い(311の時、福島や関東にいた人の初期被爆がどんなにひどかったかを書いてあるサイトが山ほどあったのです)、後悔し、恐れでいっぱいでした。

それを反映するかのように、息子の症状は良くなることがなく、夏以外、いつも何かしらのトラブル(鼻水、咳、喘鳴)がありました。

私は次から次へと息子のための健康情報を集めて、色々試しました。ホメオパシー、クレイの湿布、気功、陶盤浴、温泉に通う、エネルギー整体、インドハーブ、こんにゃく湿布、姫川薬石を加湿器に入れるなど…。

でも、どれも大した効果はありませんでした。

こんなに色々やっているのだから、いつかきっと良くなるはずと思っていましたが、しょっちゅう喘息症状が出ていました。

今思うに、前回の記事に書いたように、私の恐れというマイナス感情に、悪魔、悪霊が集まってきていて、息子にも不安や恐怖のようなものが感情に投影されて、様々な体の異変を起こしていたと思うのです。本当の神様以外のものに頼ると、悪魔・悪霊がやってきますしね…。

霊について語られない今の社会の常識からすると、トンデモ話のように聞こえるかもしれませんが、少なくとも、今息子は以前より相当健康になっています。

毎晩、就寝中は口呼吸になってしまっていて、朝になると咳ばかりしていたのが、今はすっかり鼻呼吸。一昨年まで、秋冬は風邪でもないのに咳、鼻水、痰ばかりだったのに、です。まだ喘息気味ではありますが、以前にくらべたら格段に元気になりました。おかげで私も安心して夜を過ごすことが出来ます。お祈り以外、特に何もしていないのに、です。

 

また、食費が減りました!以前は、本当にお金がかかっていました。時々私の小さい頃を思い出すのですが、私の育った家庭はお金がなかったので、安い食材ばかりでした。でも私は特に大きな病気なんかしたことなかったな…と思うのです。なので、貧しかったことにも、なんというか、感謝の気持ちが出てきました。もしお金持ちで、色々こだわる食材を食べてきていたら、もっと洗脳が抜けなかったのかな?と思って…。

 

RAPTさんのブログに出会ったことで、放射性物質への恐怖が消えただけではなく、食べることが楽しくなり、安心してカップラーメン(!。ばっかりじゃいけませんが・汗・汗…)を食べられることにも感謝・感動があり、そして育った家が貧しかったことにも主への感謝があり…。

 

またまた食べ物に関する記事になってしまいましたが、放射性物質の恐怖に怯えるお母さんたちが、恐れから解放されることを心から願っています。

放射性物質は危険、そして汚染があると思って、多大なるお金やエネルギーを注いで、海外に移住してしまった人たちもいるくらいですから、RAPTさんのブログのこと、私の身に起こったことをぜひ伝えたいと思うのです。

 

放射性物質への恐怖から解放されるだけではなく、本当の神様、主に出会うことが出来ます!それが何より、素晴らしいことです!

今後、色々、色々、書き綴っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

霊のこと…私の怒りがどうなったか?

私は、RAPTさんのブログに出会って、初めて霊のことを知りました。

それまで、霊の世界って、怖いもの、あまり知りたくないものでした。遊園地のお化け屋敷も、学園祭のお化け屋敷さえも、苦手で恐ろしく、大嫌いでした。悪魔や悪霊が出てくる映画などもダメで、見ることが出来ませんでした。霊って、本当にいるのかどうかも、よくわかりませんでした。

でも、霊感は多少あったと思います。

私は常々、自閉症の息子のパニックが始まるとき、その場の空気が変わっていくのを感じていました。そのパニックに私が動揺したり怒ったりすると、その空気がどんどんどんどん、何かおかしなもの、嫌な空気、異常な雰囲気になっていくのをはっきり感じていました。

息子がものすごくひどいパニックを起こしたとき、天井の近くを何かが飛んでくるような気配を感じたこともあります。

一体何なんだろう!?と思っていました。本当に空気がどんより、邪悪、異常な雰囲気になってくるのです。

そして、以下のRAPTさんの記事を読んで、霊について、悪霊について知り、驚きました。

「ボヘミアングローブでの悪魔崇拝。目撃者の証言が見られる動画。」より

http://rapt-neo.com/?p=10101(※部分的に抜粋しています)

『また、以下はディビッド・アイク氏による悪魔崇拝についての解説です。
(以下、ほんとうがいちばんより転載)

世界の権力者たちが悪魔崇拝の儀式をする理由
これらの「神々」は人間のエネルギーを食い物にします。低いところで振動している人間のエネルギーです。低い振動をする感情エネルギーは、いつも「恐怖」に基づいています。恐怖、ストレス、嫌悪、罪悪感、これら全ては低い振動をする感情です。

人間の視界のすぐ外にいる「神々」はそのエネルギーを食い物にする。なぜかというと、極度の恐怖という低い振動のエネルギーは、彼らが振動しているエネルギーの場を表しているからです。だからそのエネルギーは吸収できますが、高い次元のエネルギーは吸収できません。彼らのは低いところで振動しているからです。

社会を見てください。人々に恐怖やストレスをどっさりもたらす設計構造になっています。
これらの「神々」はそれを食い物にしています。』

 

これを読んで、恐れたり、怒ったり、叫んだり、イライラしたり、憎んだり…そういったマイナス感情、マイナスエネルギーがある場所が、悪魔、悪霊の居場所なのだ、私はそういう感情ばっかりだ!と思いました。

息子が泣き叫んだり、私が怒ったり悲しんだり、そういう所に悪魔、悪霊が集まってきていたために、異常な空気感になっていたんだと思いました。

そういった時、私は、怒ったり悪い言葉を言ったりするのを、自分では止められないのを感じていました。そういう時決まって、過去の、嫌な思い出、息子に関する、悲しいエピソード、私が傷ついたことなどが、なぜか一気に頭に浮かぶのを感じていました。

毎日が、その繰り返しで、毎日、何かしら息子が私の神経を逆なですることをしては、私が嘆いたり怒ったり、そして家の中の雰囲気が悪く、異常になる…そればかりでした。

どうしていいか、さっぱりわかりませんでした。

夫に散々愚痴を言って慰めてもらったり、療育先の先生に相談したり、育児の講座に出たり、障害者にまつわる色々な映画を見たり、たくさんの本を読んだり、色々、色々しました。

育児講座に出たり、障害児を持つ信頼している友人に相談したり、また息子を預けて自分だけの時間を取り、休んだりもしました。

でも、ダメだったのです。

良い話を聞いても、理想論を聞いても、アドバイスをもらっても、ゆっくり休んでも、根本的な問題は解決しませんでした。息子は、私の予想をはるかに上回り、まったく手に負えませんでした。こうしたらうまくいくという話を聞いて実行したとしても、息子はその期待に応えることはなかったのです。今日こそは怒らない、我慢して我慢して…でも何かが起こる。そして私の小さい堪忍袋が切れて、罵倒してしまう。夜は落ち込んで悩んでばかりいる…。悪魔と悪霊の恰好の餌食だったと思います。

悪魔は、私たちの過去の出来事や私たちの性格、弱点など、良く知っているそうなのです。人間は、悪魔には勝てない。イエス・キリストは、私たち人間を、悪魔・悪霊から助けるために来てくださったのです。悪魔・悪霊との戦い方を教えに来てくださったのです。

RAPTさんのブログで本当の神様に出会い、お祈りをして、神様の霊、聖霊様を受けるようになってから、少しずつ少しずつ、着実に、私たちの家庭は良い方向に変わってきたのです。

そして今は、平穏だな…と毎日思います。RAPTさんのブログに出会う前のことを思い出し、今のことを思い、つくづく、「変わったな。本当に、去年までの状況が信じられない!なんて変わったのだろう。」と嬉しく、毎日のように感動します。

霊についての知識は、世の中的には、トンデモ話扱いというかほとんど知られていないと思います。RAPTさんの霊に関する記事に書かれている通り、悪魔たちに、意図的に隠されてきたのだと思います。でも、悪魔と悪霊について知るだけで、戦い方を知るだけで、今この瞬間から、あなたの生活、生き方、人生が、全く別のものに変わるのです。

自分で、怒るのが止められなくなったり、ある事にどうしてもこだわってしまって止められなくなったり、良くないと思いながら止められない事、かりたてられるような気持ちがすることは、もしかしたら悪魔・悪霊が関係しているかもしれません。

よく、性格、性質は親に似ると言われていますよね。私の親は、よく怒る親でした。しかも、怒りが終わらない。本当にいつまでも怒っている親でした。だから、息子を怒っている時は、「やっぱり自分の親に似ている。嫌なところが似てしまうんだな。私は変わりたい」と思っていました。でも、止められないのです。

今では、それは親から、怒りの霊のようなものを引き継いでいたのだろうと思っています。人は、先祖代々、霊的なものを引き継ぐのではないかと感じています。誰かが本当の神様に信仰を持ち、悪魔と悪霊とのつながりを断ち切らない限り、それは続いてしまうと思うのです。

今、私は、怒るのをすぐ止められます。というか、息子に注意したら、すぐ終われます。その後はすぐ笑顔になれます。そして、心が軽いのです。本当に気持ちが楽なのです。なんと素晴らしいことでしょう!(私の夫も驚いています)

RAPTさんのブログ記事、どれも素晴らしいですが、特に有料記事がおすすめです。

もしくは、無料の一般記事でも「霊」で検索して、色々記事を読まれると、本当に価値観が変わると思います。自分のことも好きになれますよ!

本当の神様なしには、この悪なる世の中で、一秒たりともまともに立っていることは出来ない…と感じています。

主に心から感謝と喜びを捧げます。

 

 

 

 

 

原発のこと、時間の使い方のこと

以前、はてなブログを使っていたのですが、以下のRAPTさんの記事を読み、ワードプレスにしてみました。

「あなたのブログのアクセス数を確実に伸ばし、強い情報発信力を持たせるための具体的方法。」http://rapt-neo.com/?p=26052

しかーし!この手の知識があまりないため、サイトがほとんど工事中のような雰囲気が漂っています…。読んでくださっている方、申し訳ありません。

さて、以前、はてなブログをつかっている時に、「被爆対策のこと」という記事を書きました。夕方、アクセス数を見てみて驚きました。それまで、私のブログは、アクセスがとても少なかったんです。でも、この記事に対して、突然アクセスが2000を越えていました(それでも少ない方だと思いますが…)。そして以下のようなブックマークコメントが多少ついていました。

はてなブックマーク 被爆対策のこと

http://b.hatena.ne.jp/entry/faithhopelove.hatenablog.com/entry/2016/12/21/013005#tab-all-bookmarks

どれも否定的な内容でしたが、私が「原爆・原発は巨大な詐欺だと思い至った」と書いたことについて、はっきり反論するコメントはありませんでした。それを不思議に感じます。だって、原爆、原発が詐欺って、結構びっくりすることではありませんか?どのコメントも、ただ誹謗中傷するのが目的で、まともに意見を書いているものはないと思いました。工作員って本当にいるんだと思いました。きっと何かのキーワードがあり、それを検索して、引っかかった記事をトンデモ扱いしたり、適当に誹謗中傷しておくのを仕事にしている人がいるのでしょう。

 

で、22日に、RAPTさんの記事、
「今こそ我々はすべての電力を自給自足すべきである」
http://rapt-neo.com/?p=41440#comments
がアップされ、それを読んで、更に、やっぱり原発って怪しいなあ~…とまたまた思ったのでした。

全然、アクセス数がなかった私のブログに、原発・原爆が詐欺と書いただけでアクセスが急に伸び、しかも22日に違う記事をアップしたのに、そちらには全然ブックマークコメントがついていませんでしたし…。

ホント、もやもやします。

重ね重ねおすすめしていますが、RAPTさんの記事、

「原発も原爆も存在しない。(前編)」

http://rapt-neo.com/?p=34519

「原発も原爆も存在しない。(後編)」

http://rapt-neo.com/?p=34625

をぜひ読んでみてください。

以前の記事にも書きましたが、私は被爆への恐怖がものすごかった時期、放射性物質を避けることに対して膨大な時間とエネルギーを使っていました。

RAPTさんのブログに出会い、有料記事も読むようになり、私はなんという時間の無駄遣いをしていたんだろう…と本当に驚き、また世の中を見て、呆然とします。

私が多くの時間を割いてきてしまった被爆対策だけではなくて、世の中には、人を狂わせるというか、本当に大切なこととはかけ離れたことに目を向けるようにさせるもの、娯楽や快楽などなど…時間を無駄に消費させるものに溢れていると感じます。

世の中に疑問を感じて、社会貢献をしたいと思う人たちに対しても、巧妙な罠が仕掛けられています。外観的には、良いことを言っている様々な社会活動も、実際に参加してみると、内部の人たちが争っていたり、内容自体に矛盾があったり、100%クリーンなものって、ないのではないでしょうか。世の中は矛盾しているものばかり、それに慣れてしまって、世の中こんなもの、人生ってこんなもの、と妥協して毎日を生きている…心の中はどこか空しいままで。

私はRAPTさんのブログや対談、有料記事を読んで、生まれて初めてといっていいくらい、矛盾していないものに出会えた!と、本当に驚き、心が本当にすっきりしました。

RAPTさんのブログ、特に有料記事はおすすめです。

以下の記事だけでも、強い感動を受ける人はたくさんいるはずと信じています。ぜひ読んでみてください♪(無料です)

「何をどう祈ればいいのか、具体的な方法をお教えします。自分の人生も世界の運命も変える鍵がここにあります。」

http://rapt-neo.com/?p=25977

「人生の取扱説明書の値段はいくらが適正か?」

http://rapt-neo.com/?p=37224